管理医師のブログ

2014年11月 7日 金曜日

血管の病気〈8〉...閉塞しない動脈硬化

動脈の病態としては【閉塞する】【狭窄する】病態のほかに、【拡張する】【破綻する】病態があります。今回のブログ記事から今しばらくは、【拡張】【破綻】について記述してみます。


3種類の動脈硬化
血管の病気〈1〉~〈7〉では血管が【閉塞する】【狭窄する】病態について記述してきましたが、実は動脈硬化にも種類があって、そのうちのひとつ、動脈の閉塞や狭窄に係わるアテローム硬化というタイプの動脈硬化について解説してきた、という言い方が正確なのでしょう。
動脈硬化は教科書的に説明しますと、下の図に示しますように【アテローム(粥状)硬化】【メンケルベルグ型硬化(中膜硬化)】【細動脈硬化】の3種類です。閉塞する、つまり、【梗塞】をおこす、動脈硬化は【アテローム(粥状)硬化】として既にご案内してきましたが、今回以降は、しばらく、動脈が【拡張】【破綻】するタイプの動脈硬化である【メンケルベルグ型硬化(中膜硬化)】と【細動脈硬化】を説明してみます。



動脈の構造
なぜ、このようにいろいろな動脈硬化の起こり方があるのか?という問いには、動脈にもいろいろあるからです、という答えになります。動脈は下の図に示しますように、3層構造です。動脈にも、太い動脈~細い動脈までいろいろありますが、例えば細い動脈では3層構造の一番外側の外膜部分がほとんど発達していませんので、3番目の【細動脈硬化】という様式を呈し、破れやすい動脈硬化となります。3層構造のどの層が厚いのか?薄いのか?で動脈硬化の起こり方が違ってくると考えてくださって良いでしょう。





長くなってきましたので、今回のブログ記事は終わります。次回は血管の勉強をもう少し。

(記載、管理医師;佐々木)
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投稿者 医療法人社団ささきクリニック | 記事URL

2014年11月 2日 日曜日

医療否定本考〈4〉

「延命治療」問題が【脳死】とか【胃瘻を介した栄養管理】とかで議論されているのは広く知られています。しかし、近年、医療否定本などでは【緩和医療=がんの麻薬を使用した疼痛管理】にまで、「延命治療」問題の領域を拡げてきているようで、【緩和医療】も無駄と言っている医療否定本すらあります。さらには、我々、循環器内科の領域である【血圧管理】にまで「降圧剤(血圧を下げる薬)の内服も延命治療であり、無駄な治療、無意味な治療。無駄な治療である証拠に長生きしているヒトは降圧剤なんか、内服してない。」というような発言まで聴かれる始末。「延命治療」問題を拡大解釈するにも程があります。

【脳死】【胃瘻を介した栄養管理】【緩和医療】問題に意見を述べるのは、佐々木には少し荷が重いので、ここでは割愛しますが、医療否定本の中で我々循環器内科医が診療所で日日の診療にあたっている行為すら、延命治療、無駄な治療、無意味な治療、の類(たぐい)と切り捨てていることには憤りを覚えます。著者先生のおっしゃりようでは、我々循環器内科医の管理のもとにないと日常生活が困難な患者さんがいらっしゃいますが、これらの患者さんを無駄な存在、無意味な存在と切り捨てていることに等しいじゃないですか。これに憤りを覚えるのです。ご自身のことを生命与奪の権利を手にした神であると勘違いされているのではないでしょうか。

それに【降圧剤を飲んでいない元気で長生きのヒトがいる】からって、【降圧剤を飲まなきゃ長生きできる】と結論するのも噴飯もの。著者先生は数的に【降圧剤を飲まずに長生きのヒト】>【降圧剤を飲んで長生きのヒト】であることを証明しようとしないし、せいぜい「私(著者先生)の患者さんに限っては...」を冒頭につける程度。仮に【降圧剤を飲まずに長生きのヒト】>【降圧剤を飲んで長生きのヒト】であったとしても、読者が【降圧剤を飲まずに長生きのヒト】グループに入ることを著者先生は原稿用紙の向こう側からどうやって確信するのでしょう。また【降圧剤を飲んでこそ長生きできるのヒト】へのメッセージは【降圧剤を飲まなきゃ長生きできないのなら、降圧剤による治療は延命治療なんだから、もう死んじゃいなさい】ってことなんでしょうか。著者先生の著作物にはこういった配慮というものが感じられません。


■ 延命をはかるのが仕事なんですが...
【血圧管理】を含む循環器内科医の仕事が「延命治療」と言われるようだったら、望むところ。致命傷となったり、ハンディキャップとして後遺症が残るような脳卒中や心筋梗塞の発症を少しでも先送りすることが仕事と心得て、日日の診療業務にあたっているからです。例えば、70歳で脳卒中になる患者さんの運命を80歳にまで発症時期を遅らせることができれば、患者さんに実りの収穫時期ともいうべき人生のゴール直前の10年間をプレゼントすることができます。こういう思いですから「延命治療に過ぎない。」と揶揄されてもブレることはありません。ヒトは永遠に生きれるわけではないので、必ず死を迎える場面はあるのですが、それでも、知りうるすべての術を施して、徹底的に延命策(=致命傷となる疾病の先送り策)を講じることが使命と心得ています。

話が飛び過ぎてついてこれないかもしれませんが...「墨攻」(酒見賢一/著、1994)という小説を読んだ時の気持ちを思い起こします。1988年卒ですからまだ兵庫医大病院で無給医員をしてた頃ですね。小説は、中国の戦国時代、【趙】の大軍勢が地方の小さな城である梁城を囲み、攻城戦を展開するわけですが、これに立ちはだかるのは、軍師【革離】ひとり、さあ、どうする?みたいな小説です。【趙】軍はさまざまな攻城策で攻めるのですが、その都度、跳ね返していく【革離】の防御技術の巧さには、舌を巻きます。【趙】の大軍勢がいちどは侵略をあきらめかけたほど。

正攻法では城壁を破れないと悟った【趙】軍はトンネル作戦にでます。地中を掘り進んでくる寄せ手に対して【革離】は【地聴の術】という策を施して、撃退するのですが、循環器内科医としてはこんな【地聴の術】みたいな処方をしてみたい!と当時真剣に思いましたね。先回りして弱点にあらかじめ補強しておくような策を講じることができれば、これほどクールな処方はありません。

読んでみようと思った方には申し訳ない、ネタバラシしますと、結局、梁城は落ちてしまうのですが、最終的には落城するということを知りながらも、尽力するあたり、我々の仕事も先述のように患者さんに永遠の生命を与えることはできないことを考えると相通じるものがあり、共感する部分が非常に多かったです。【寄せ手から城を守ること】と【疾病からヒトを守ること】という違いはあるものの、当時のタダ働きの佐々木に【将来、こんな医療者になりたい】というインパクトを与えるにじゅうぶんでした。

蛇足)なぜ、タダ働きを強調したか?というと【革離】も報酬を拒否したんです。


■ 主 張 4
小説「墨攻」は2時間くらいで読破できるおすすめの短編です。...と、まさしくアフィリエイトみたいになってしまったのですが、この記事はアフィリエイト記事じゃありませんので。
主張したかったのは「我々は患者さんに永遠の生命を与えることはできないが、致命傷となる疾病を回避するために知りうる限りの術を施すことが使命である。」という覚悟です。

(記載、管理医師;佐々木)
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投稿者 医療法人社団ささきクリニック | 記事URL

2014年11月 1日 土曜日

平成26年10月度在宅診療統計開示

以下の表に示しますように、当診療所の平成26年10月度の在宅診療に係る診療統計情報を開示します。

 訪問診療件数 137
 往診件数 4
  (うち、緊急往診件数) 2
 訪問看護指示書
     交付件数
21
 居宅療養支援事業所あて
   情報提供書交付件数
47
 在宅看取り件数 1


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2014年10月31日 金曜日

医療否定本考〈3〉

【書を捨てろ!】とか【燃やすな!】とか、どっちやねん!というツッコミが聴こえてきそうです。おっしゃるとおりです。整理しておきますね。
● 医療否定本を信じていいのだろうか?現状の標準的な医療を受けるほうがいいのだろうか?と悩んでいらっしゃる患者さん向けの主張が【書を捨てて街へ出よう!】です。
● 医療否定本を駆逐しようとするドクター向けの主張が【焚書坑儒は反対!】です。

申し訳ありませんが、医療否定本を信じている患者さんに向けてはとくにメッセージはありません。おそらくいろいろ他人に語れないような経験があって、医療不信→医療否定に至ったことでしょう。ケースケースごとにひとくくりにできない特殊な事情があったことでしょう。このように複雑な状況を背景としてお持ちであることが予測される中で、医療否定本を信じている患者さんに向けては、単純なメッセージは余計に気分を害されると思いますので、差し控えることが望ましいでしょう。

今回のブログ記事は医療否定本を上梓してる著者先生向けとその眷族(けんぞく、取り巻き連中)に向け、の二者に向けての主張です。



■ 著者先生(ら)に向けて
【グロテスクな表現はやめましょう】
気色の悪いグロテスクな表現にはもうウンザリです。患者さんを惑わせるだけじゃないでしょうか。「病死と思われていた大部分が、実は医者が医療を施すことで、その医療の副作用で死に至らしめている。」とか「本当の意味での根治的治療は行われておらず、ほとんどは延命治療である。」とか、普通の言い方のほうが、よっぽど品格や知性が感じられます。それに最初っからケンカゴシだと建設的な議論にもなりません。逆読みされて「議論を回避するために、ワザとケンカゴシにしてるんじゃないの。」と思われてしまいます。少なくとも佐々木は治療を受けたくない患者さんの唯一の憑代(よりしろ)として大事だと評価しているのに。

■ 眷族に向けて
【乗っかり過ぎやぞ!】
極論すれば、医療は説明と納得のインフォームドコンセントの世界。荒唐無稽(こうとうむけい)な説明でも患者さんが納得すれば医療。ということで、上梓すれば売れる医療否定本に乗っかって、有象無象がうごめいているように見えてしまいます。もう、そこには金の臭いしかしません。健康食品、健康法、健康器具、わけのわからない薬...困っている方から、その上に金まで、そして何より大事な残された貴重な時間まで、むしり取るのか。くれぐれも悪徳業者にはご注意を!
それからアフィリエイトについても一言。アフィリエイトとはブログなどによく商品が画像で貼り付いているでしょ。そしてブログ著者が「この本は読んでみて感動した。」とか、記載しているのですが、この商品画像をクリックすると、通販業者のサイトに変わって、購入申し込み、というのがあるでしょ。あれです。自分のブログから購入の実績があると、ブログ著者にいくらかの金銭的見返りがあるのです。だからブログ著者は【読んでもいない書物にも高評価である内容の書評をつけて、購入へ誘導させようとする】んです。このようにして、大した内容でもない書物が【ネットで話題になって火が付いた】とかなって、薄っぺらなベストセラーが量産されます。アフィリエイトブログで稼いでいるブログ著者(アフィリエイターと呼ばれています。)は月に数百万円ということも聴いたことがあります。こんな仕組みもご承知おきください。



■ 主 張 
現在の標準的な常識や権威に対して、それと違う意見があり、それを発信したいと考えているのなら、品格や知性を感じさせる手法を選ぶべき。また、少しでも金の臭いを漂わせたら、その意見がいくら立派なものでも、人心は離れてしまう。
ちょっと長いな。
 
最後に、「延命治療」が「無駄な治療」「無意味な治療」と読み替えられているような気がしてならないので、次回ブログ記事に「延命治療」について記載してみたいと思います。
 
(記載、管理医師;佐々木)
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投稿者 医療法人社団ささきクリニック | 記事URL

2014年10月27日 月曜日

医療否定本考〈2〉

前回ブログ記事では佐々木が「がん」診療にまるで係わっていないか、のような誤解をされかねない表現になっていましたので、少々、修正を。当診療所は在宅支援診療所の基準を満たしていまして、「がん」患者さんの在宅診療も実施しています。また在宅看取りもおこなっています。看取り件数の約半数は「がん」患者さんという実情です。麻薬を用いた緩和医療も積極的に実施しています。当方のブログ記事カテゴリーでは【在宅医雑感】【情報開示】などもあわせて閲覧していただければ、さいわいです。


「医者に殺される。」はあまりにもグロテスクな表現なので、佐々木なりに解釈すると「病死と思われていた大部分が、実は医者が医療を施すことで、その医療の副作用で死に至らしめている。」ということを著書で述べていると思われます。こういうふうにもっと万人受けするように表現すればいいのに。なんであんな言い方になっちゃうんですかねぇ。
でも、ここで忘れてはいけないこと。「医者に殺される。」をグロテスクな表現と評した佐々木も実は著者先生と同じようなことを言っているんです。

■ むかしむかし
立場が変わると、著者先生に反論している先生方も同じようなことを言っているはずです。医療を生業(なりわい)とする者の出現は正確にはいつ頃だったのか、は残念ながら佐々木の知識の中にはありません。でもね、祈祷師と医者の見分けがつかないような時代もあったじゃないですか。
医者の【医】という文字はという文字の簡略体ですが、酉の部分は酒、まぁ酒と薬の見分けがつかない時代もあったということでしょう。この酒(薬)を口に含んで、梨汁ブッシューみたいに患者さんに噴きかけます。医と殳の部分が「えいっ」という音を表します。「えいっ」という気合を入れて、酒(薬)を噴きかける様子を漢字にしたものがであり、この文字が医という簡略体になったということです。漢字が成立した時代の医療および医者のイメージって、こんなものだったようですが、このイメージに対してはさすがにどのドクターも「【医者に殺される】から、そんな治療は受けへんほうがえぇで。」って言うでしょ。

■ 常識を疑え
病気になったら治療を受けることこそが常識?本当でしょうか?
ひょっとすると、病気になったら医療機関で治療を受けるという考え方が広くいきわたっているは日本だけかもしれません。日本人が風邪をひいたときに医療機関を受診することを驚きをもって伝えるメディアもありました。つまり風邪を病気の中に入れていない国々すらあるということです。
「風邪をひいたので1週間ほど休みます。」→上司「何を言うてるんや?医者にかかって薬飲んで出てこんかい!」みたいな窮屈な常識に束縛されていないでしょうか?
ことが、たかが風邪ということであれば、渋々上司の言う通り、薬を飲んで無理して出勤するのでしょうが、「がん」みたいな致命傷になりかねない疾病の場合には、患者さん自身が納得した治療を受けたいと考えることに理解を示さないヒトはまずいないでしょう。また、もし、どの治療法も納得できない場合には、治療を受けないという選択肢もありじゃないでしょうか?
いくら周囲が病気になったら治療を受けるべき!と常識を振りかざしても、当の患者さんも命を賭けた選択です。そうやすやすと、翻意するはずもありません。常識を振りかざして責める周囲に対して肩身の狭い思いをしている治療を受けたくない患者さんにとって、医療否定本の一群こそが、唯一の憑代(よりしろ)かもしれません。

■ 主 張 2
医療否定本を駆逐して、医療否定本の著者の口に猿轡(さるぐつわ)をかませようなんてのは、まるで焚書坑儒(中国の皇帝がむかしむかし儒教を弾圧すために、書物を燃やして、儒者を土中に坑めたことを表現する故事成語)。もってのほかです。否定本をこの世からすべて掻き集めてきて燃やしてしまえば、この世は健康で満ち満ちて、病魔は退散するというものではないのです。
そこで一言。

焚書坑儒はもってのほか!


治療を受けたくない患者さんの憑代(よりしろ)を取り上げるようなことは絶対にしてはいけません。


なぜか、今回のブログ記事は中華系知識に助けてもらう形になりました。

(記載、管理医師;佐々木)
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投稿者 医療法人社団ささきクリニック | 記事URL

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